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インプラント作ろう

年に4回発表した人は、発表すると別に費用をくれる場合もあるのだが、たとえばたくさん勉強にいったら、後は自腹になってしまう。

もちろん、平日に診療をサボって学会にばかりいっていたら問題になるが、これは日曜日、祭日でも同じことだ。 たとえば、現在は講座が細分化されているので、循環器内科の医師が東洋医学とか心療内科といった幅広く患者を診るために参加する学会などは、自腹でいくしかないことが多い。
そうすると医師の方も、「自腹でいくんだからついでに遊んでこよう」という話になる。 当然これは間違っていて、企業みたいに、学会にいったら情報を共有する簡単なレポートをつくるべきだ。
そして、それに対して少しお金を出してあげようという仕組みにすべきであろう。 学会貧乏というのがあって、特に国際学会出張に対して病院はまずお金を出してくれない。
だったら少し勉強をして、残りは遊んでこようという話になってしまう。 医学学会の問題点学会側の問題点も、いくつかある。
まず、学会自体がいまは勉強する場になっていないことがあげられる。 ブレインストーミングでもなく、情報を共有し合う場でもなく、またいわゆるセミナー的な研修というわけでもない。
単に、自分の研究結果を発表する場になっており、研究発表をしたことが評価につながってくる。 もうひとつの欠点としては、他人の分野に口を挟むべきではないという不文律があることだ。
それらが、他の学問の学会とは異なる医学学会の欠点である。 他の分野の学会、たとえば経営学関連の学会へ出席すると、発表が30分、討論が30分でトータル1時間になる。
医学学会の場合は発表5分で質問3分といった具合だ。 それでは深い議論はできない。

確かに発表の場と考えれば、現行のスタイルが必要だが、勉強の場と考えたときには、細分化されたいろいろな議論を次々に聞かされるより、たとえば肝炎なら肝炎の治療という大きなテーマで、まずある人が30分発表して、それに対して出席者が自分の病院ではこうだ、というふうにディスカッションする場の方が望ましい。 学会で勉強をすることで専門医が存在しているし、知識が更新される。
医療機関側、学会側で至急制度の改革が必要だと思う。 医師への謝礼問題話は変わるが、医師に謝礼を支払うかどうか迷う人も多いと思う。
「謝礼」については、結局、大学病院勤務の医師には報酬が低い分を裏金というか患者の謝礼でとろうという意識もあると思う。 人間は不思議なもので、ある程度報酬をもらっていれば、もういらないという考え方もある。
経済学でいう限界効用の逓減だ。 もちろんもっとほしいという人もいるけれど、たとえば市中病院勤務とか開業している同級生に2000万円の収入があるとしよう。
大学病院にいる医師のなかには、自分が優秀だから大学病院にいると考える人もいるわけで、それで収入が800万円とか900万円であったら、その分何かで埋め合わせたいと思うのは人情ではないだろうか。 その不満を解消するために、大学病院の給与をもう少し高くして、その分裏金を禁止するという形にしないといけない。
企業がお金をもらって出入り業者に便宜を図ったら、これは犯罪行為だ。 下手したら背任罪か何かになる。
患者に便宜を図ってお金をもらっても、医師の場合は背任ではないかもしれないけれど、まっとうな行為ではない。 もちろんついつい支払ってしまう患者側にも問題がある。
ただ、一方ではもらってもいいという考え方も成立する。 その理由は、「もらってももらわなくても差をつけないからいいんだ。
患者の気が済むなら、もらってもいいんだ」ということだ。 謝礼の地域差理屈ではそうでも、入院する側はやはり謝礼を払うべきかどうかということを考える。
実際に相部屋の患者のあいだで「2時間の手術なら相場で何万円」とか噂が飛んだりしている。 ただ、東京ではそういう話題がよく出るが、地方はあまりない。
これは究極の市場原理派ともいえる。 自分は医師だし、もらったかもらわないかなんて覚えてもいない。

もらおうがもらうまいが同じことをやるんだから、相手が満足するんならもらってもいい、こういう考え方も成立する。 実際、本質的な医療の部分において謝礼で差をつけるというのは医師のなかにはほとんどいないと思う。
たとえば、がんの転移を、謝礼が多いからたくさんとって、謝礼が少ないから一個しかとらないということはあり得ない。 東京には病院がたくさんある。
病院がたくさんあるということは選べるという点では便利だが、選ぶということは、自分にはよくしてほしいという気持ちがあるということだ。 地方では、近所で病院がそこ一軒しかないこともある。
その医師にお礼を払っても払わなくてもたぶん一緒だろうと思っているわけだ。 東京にも、本当に謝礼の意味で、手術が終わった後や退院のときにお礼をくれる慰者もいるが、それは極めて稀で、ほとんどが先に渡してくる。
つまり、よくしてほしいという気持ちがあるということになる。 たぶん東京の人は情報も多いし、それだけそういう意識が強いのだろう。

私も本書の執筆に際して仲間にいろいろ聞いてみたが、田舎にいくと、「大根とか農作物をもらったことはあるけれど」という人もいた。 それは、「いいのがとれたから」という本当の好意から患者が持ってきてくれたのだ。
メディアの欠点は東京発ということだ。 だから、情報は東京中心になってしまうが、謝礼は地方によって全く違う様相を呈している。
地方と比較すると、東京では謝礼がたくさん支払われていると思う。 私の出身の名古屋となると額が少なくなる。
さらに名古屋の近郊ではほとんど払われることはない。 これはなぜか。
重複受診は医療費を高くする元凶さて、ここから治療を中心にした費用について考えていきたい。 まず、一人の患者が、多くの医療機関を受診する重複受診は非常に問題だ。
このために医療費が高くなっているのは間違いない。 カルテとかデータは誰のものか、それを開示すべきかどうかという点につながってくる。
紙とかカルテ本体はモノだから、もしかすると病院のものかもしれない。 しかし、基本的にこれらのなかに書いてあるデータそのものは患者のものだという結論になっている。
だから、それを自由に持ち運べないということはすごくおかしい。 私があるところで、医師相手に「患者が小さな病院から紹介されて大学病院に来たときに、患者が持ってきたデータを使えば余分なお金がかからないでしょう」という話をしたところ、意外と反対があった。
反対する理由は2つあり、ひとつは開業医のデータは信用できないということだ。 しかし、これはちょっと大学病院側の思い上がりではないか。

開業医もいまは結局、重装備で、CT(コンピュータ断層画像)やMRI(磁気共鳴映像法)などの機器を持っているわけだ。 ひょっとしたら開業医の行った診断や治療技術は信用できない可能性があるかもしれないが、患者が持ってきたレントゲンの写真や検査結果は共通である。
これを信用できないというのはちょっとおかしな話だと思う。 もうひとつは経営的な問題で、これは開業医が重装備だというのと一緒で、日本の病院は設備をどんどん買っている。

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